『ねこのひげ』の必要
先日のぴあフィルムフェスティバルで、ある映画と出会った。『ねこのひげ』である。なんとも愛らしいねこが登場するが、これは人間たちの物語である。主人公の売れない脚本家は妻子がいながら、仕事で出会った女性と恋に落ちてしまい、同棲生活へと踏み切る。だけども妻子への罪悪感が心のどこかにあり、心からの笑顔にはなれずにいる。一見男勝りの相手の女性は、目の前にいる自分の愛する男性の心が揺れているのを感じ取り、カラリとした笑顔の裏でタバコとお酒に逃げてゆく。そんな揺れる彼らのそばにいつもゆったりといるのがロシアンブルーの慎之輔。静かに過ぎていく日々の中で彼らがひきだした答えは…。
上映後の質疑応答で、脚本・主演の大城英司さんと矢城潤一監督にタイトルへ込められた気持ちを聞くことができた。ねこにとってひげはセンサーのようなもの。不器用なコミュニケーションと距離感の間で揺れ動く人間たちが、ねこのひげのようなものを持てたら…という思いをこめてこのタイトルにしたのだという。たしかに、そういうものがあれば、心が傷つくことだって、誰かを傷つけることだって、道に惑うことだって、ないのにね。今目の前にいる人が自分にとって間違いなく生涯の伴侶となるべき人なのか、迷いを抱え続けて生きることも、ないのにね。
でも。そんな不器用な人間たちばかりが登場するこの映画、なんだかとってもあたたかいのだ。人の体温が感じられるのだ。出演している役者さん達ひとりひとりが皆、生きているのである。演技しているとは、思えないのである。触れあいのひとつひとつ、言葉のひとつひとつ、溜息のひとつひとつに、まるで観ているこちらが彼らのすぐそばにいるかのような、あたたかさがあるのである。どんな魔法を使ったら、こんなあたたかさが引き出されるのか。それはこの映画を生み出された、ねこのひげを持たない皆さんの心のふれあいに他ならないだろう。そのことに気づいたとき、この映画に出会ったことの幸せをあらためてかみしめたのだった。
追記:ちなみに。主題歌を歌うEMIさんは『ひだまりの詩』で有名なル・クプルのヴォーカルの方です。どおりであたたかい声でした!